そもそもは「田楽(でんがく)」のことを
平安時代の御所言葉で略して「おでん」と言ったのです。
豆腐の田楽を「しろでん」と言っており、
これが「おでん」の始まりと考えられています。
当時の田楽とは豆腐に限って言われていたので、
「おでん」とは豆腐に決まっていたのです。
豆腐を長方形に切って、竹串を刺して
炉端で経てて焼き、
辛し味噌をつけて食べました。
初めは、つける味噌も
唐辛子味噌に決まっていました。
これが「おでん」であり「田楽」です。
ところが天明(1781~89)になると、
いろいろと変わったものをつける
田楽が出てきました。
それにともない、豆腐ではなく、
野菜を材料にした田楽が現われてきました。
さらには魚類の田楽も現われ、
これを「魚田(ぎょでん)」と言っていました。
野菜も魚類も、切り方ができるものは
四角とか長方形に切ったものを使い、
味噌を使って焼いていました。
ところが宝暦10年(1760)あたりになると
こんにゃくを使った田楽が現われてきました。
こんにゃくの田楽も、もとは豆腐と同じで、
串に刺して、ゆでで、味噌を塗っていました。
しかし、文化・文政・天保(1804~44)ころの
江戸において、串刺しにしたこんにゃくを
味をつけて煮込むものが登場してきました。
これが、
今に続いてきた「煮込みおでん」です。
そして、
明治30年頃の「おでん」には
こんにゃくを主として、
八つ頭、山芋、ちくわ麩、かまぼこのすじ
が入っていたと言われています。
調理法や材料もすっかり変わったものの
名だけがそのまま残ってしまった料理です。