「味のある話だね」「人の不幸は蜜の味」「味のある人だね」
「味」という言葉のもつ意味はたくさんあって限りがないなぁ。
食べものの味に限っても、「甘い」「辛い」と一口で言い表せないほど
たくさんの味が存在するよね。
そして「うまい」「まずい」と言う判断は何を根拠にしているのか、と
改めて考えて見ると、答えにつまっちゃうと思うんだ。
じゃあ、まずこの辺から話を始めていこうかな。
味を表す言葉として「甘味」「酸味」「塩味」゜苦味」という
4つの「味」は最も基本的な味の表現なのね。
他のいろいろな味というのは、この4つのどれかと他のどれかの
感覚と合体したものなんだ。
でも、現在では、これにかつお節や昆布の味である「旨味」を加えて、
「五味」が味の基本とされているんだよ。
「じゃあ、『辛味』や『渋味』は味じゃないの?」って疑問がわいてくるけど、
「辛味」というのは厳密には味覚というものじゃないんだ。
「辛味」というもは刺激。つまり、温覚と痛覚の複合したものだね。
同じように「渋味」も苦味と舌に残る違和感との複合といえるわけだ。
五味のうちで、甘、酸、苦の3つは最も原始的な味で、これは子供でもわかる。
しかし、松坂牛のレアステーキとにんにくソースといった香味料との微妙な調和とか、本マグロのトロと寿司飯が一体化された複雑な味わいなどは、子供にはわからないかもしれないよね。
これでわかるように、文化が発達し、生活が複雑化すればするほど、人間の味覚も微妙さをましてくるんだ。
だから、おじいさんやおばあさんが若い頃に「うまい」と思っていたものでも、
今の若い人にいわせれば「まずい」というものはたくさんあって当然なんだね。
また、同じ松坂牛のステーキでも、プロの調理人が鋳物の鉄板で
焼いたステーキと私たちがフライパンで焼いたのとでは、また違った味になるんだね。
こうなると、「味」というものは、今や相当に洗練された味覚と
言ってもいいのじゃないだろうか。
住んでいる国によっても「味」の尺度は違うしね。
これも文化的な洗練に関係しているんだね。
こりゃ、深かいなぁ~!